Home / BL / 男聖女は痛みを受け付けたくない / 第四話 戦場に出る前に

Share

第四話 戦場に出る前に

Author: 月歌
last update Last Updated: 2025-02-08 15:34:04

◆◆◆◆◆

「……はぁ……このままだと、マジで死ぬ……」

遥は、王城の片隅でぐったりと壁に寄りかかっていた。

全身が痛い。

契約を交わして以来、コナリーは 魔王討伐に向けた訓練 を続けていた。

王国最強の騎士として、彼の訓練は他の騎士たちとは比べ物にならないほど厳しいものだった。

剣の素振り、模擬戦、持久走、魔法対策訓練――

朝から晩まで続く過酷な訓練の痛みが、すべて 遥にも共有される。

「いやいや、こんなの耐えられるわけねぇだろ……!」

訓練の間ずっと耐えるしかない遥とは違い、コナリーは 「痛み? そんなもの関係ない」 と言わんばかりの態度で、黙々と訓練を続けている。

――遥が耐えられないのは、これが魔王討伐の本番ではない という点だった。

「まだ訓練でこのレベルって、本番になったらどうなんだよ……」

戦場では、コナリーは確実にもっと傷を負う。

そして、その痛みはすべて遥に伝わる。

しかも、遥は 戦場には同行しない。

聖女は基本的に王城にとどまり、契約相手の痛みを共有しながら癒やす役目を持っている。

だが、戦闘中は 痛みでまともに動けなくなるため、部屋にこもるしかない。

つまり――戦場に出る前に、すべての準備を整えておく必要がある。

「神官!! 何とかしてくれ!! 俺が死ぬ!!!」

遥は 半ば悲鳴のような声で、神官を呼び止めた。

「山下様、落ち着いてください」

「落ち着けるかよ! 俺、戦場にすら行かないのに、痛みだけはフルで受けるんだぞ!? こんなの無理に決まってんだろ!!」

神官は困ったように眉をひそめた。

「……以前も申し上げましたが、聖女と契約騎士が心を通わせれば、痛みは和らぐ かもしれません」

「マジで!?」

「契約は魂の繋がり。互いを理解し、信頼し合えば、精神的な負担が軽減される可能性があります」

遥は ゲームの好感度調整を思い出した。

このゲームでは、契約者との「好感度」がエンディングに影響を与える要素になっている。

ならば、コナリーとの好感度を上げれば痛みも軽減されるはずだ。

遥はコナリーの元に駆け寄ると彼に声を掛けた。

「……よし、コナリー。デートするぞ」

「……?」

コナリーは、わずかに眉をひそめた。

「デート……ですか?」

「ああ。お前と仲良くならないと、戦闘中の痛みで死ぬからな。ついでに、魔王討伐前に必要なアイテムを集める」

「……なるほど」

コナリーは考え込んだ後、静かに頷いた。

「合理的な提案です。確かに、準備を整えるのは重要ですね」

こうして、遥とコナリーは王都へ向かうことになった。

市場には果物や薬草を売る商人たちの声が飛び交い、武具屋の前では騎士たちが試し斬りをしている。

遥とコナリーは並んで歩いていたが、会話らしい会話はなかった。

「…………」

「…………」

遥はちらりとコナリーを見た。

彼はいつも通り無表情で、辺りの様子を淡々と観察している。

「……お前、こういうところに来たことあるのか?」

「買い物は必要最低限しかしません」

「だろうな」

好感度を上げるには、まず共通の話題を見つけることが重要だ。

そして、コナリーは戦場のこと以外に関心がないタイプ。

ならば――武具の話をしよう。

「……さて、まずは武器の確認だな」

遥は武具屋に入り、商品を見回した。

「これ、お前の装備にどうだ?」

遥は、「斬撃耐性を高める特殊な篭手(こて)」 をコナリーに差し出した。

「……なかなか良い装備ですね。強度も申し分ありません」

「だろ? お前、戦場では無茶するタイプだからな。少しでも負担を減らしたほうがいい」

「……」

コナリーは遥をじっと見つめた。

「……私の戦い方を、よく知っているのですね」

「まあな」

遥はゲーム知識で知っているとは言えず、適当に誤魔化した。

コナリーは少し考える素振りを見せた後、静かに篭手を購入した。

「それと、これも買っておこう」

遥は、回復アイテムをいくつか手に取った。

ゲーム内では、「戦闘中に使うことで状態異常を回復できる薬」 がいくつか存在していた。

「戦場で必要になるものですね。良い判断です」

「当然だろ。お前は戦うことに集中すればいい。俺は俺で、聖女としてお前のサポートを考える」

「……」

コナリーは少し驚いたような顔をした。

「聖女としてサポートする」

そう言い切った遥を、少しだけ意外そうに見ている。

「……ふむ」

コナリーは何かを考えていたが、すぐにいつもの表情に戻った。

「では、魔王討伐までの準備を万全にしましょう」

---

王都を歩きながら、遥はコナリーとの会話の感触を確かめていた。

最初はぎこちなかったが、武具やアイテムを選ぶ間に、少しずつ会話が増えていった。

完全に打ち解けたわけではないが、遥がコナリーの戦い方を理解し、彼のことを考えて行動していることは、確実に伝わったはずだ。

――気のせいか、契約による痛みが少しだけ軽減されているような気がした。

「……やっぱり、好感度を上げるのは正解か」

遥は、小さく息を吐いた。

◆◆◆◆◆

Continue to read this book for free
Scan code to download App

Related chapters

  • 男聖女は痛みを受け付けたくない   第五話 薔薇の庭園にて

    ◆◆◆◆◆王城の大広間には、優雅な旋律が響き渡っていた。魔王討伐に向かう一行の無事を願うための宴が開かれている。煌びやかなシャンデリアが輝き、装飾の施されたテーブルには贅を尽くした料理が並んでいる。ドレスをまとった聖女たちは、それぞれの契約相手と手を取り合い、舞踏の輪に加わっていた。そんな華やかな光景の中で、遥はひとり浮いていた。「……いや、これは場違いだろ」遥はため息をつきながら、自分の姿を見下ろした。聖女たちは全員、絢爛なドレスに身を包んでいる。だが、男である遥だけは、黒のタキシードを着せられていた。「これじゃあ、どう見ても聖女じゃなくて、ただの騎士じゃねぇか……」もちろん、遥にドレスという選択肢はなかった。だが、こうして並んでみると、余計に異質な存在感を放ってしまう。――当然、舞踏の輪には加われるはずもない。遥は壁際に立ち、周囲の様子を眺めていた。聖女たちは、それぞれの契約相手とともにダンスを楽しんでいる。契約した騎士や王子たちは、彼女たちを優雅にエスコートし、微笑みながら言葉を交わしていた。その光景は、まるで童話の中のワンシーンのように美しかった。そして、遥の契約相手であるコナリーもまた、舞踏の輪には加わらず、遠くで仲間の騎士たちと談笑していた。タキシード姿のコナリーは、いつもの甲冑姿とは違い、洗練された雰囲気を纏っていた。硬派な彼に似合わないかと思っていたが、驚くほどしっくりきている。「……結構、様になってるな」遥は、ぼんやりとコナリーを眺めていた。すると、不意にコナリーがこちらを見た。「……っ」遥は慌てて視線を逸らし、そのまま会場を離れた。---遥は大広間を抜け、バルコニーへと足を踏み出した。外の夜風が、火照った顔を冷やしてくれる。遠くには、月が冴え冴えと輝いていた。「はぁ……」遥は静かに息を吐きながら、夜空を見上げた。そのとき、不意に甘い香りが鼻をくすぐった。「……?」ふとバルコニーの縁から下を覗くと、そこには石畳の階段が続いていた。ゆるやかに降りていくその先には、薔薇の庭園が広がっている。満開の薔薇が、月光を浴びて艶やかに輝いていた。「……こんな庭園があったのか」遥は自然と足を進め、石畳の階段を下りていった。薔薇の香りに包まれながら、庭の中央へと歩みを進める。そして、ふ

    Last Updated : 2025-02-08
  • 男聖女は痛みを受け付けたくない   第六話 薔薇の妖精の涙

    ◆◆◆◆◆夜の薔薇園は静寂に包まれていた。月光に照らされた花々が、優雅に揺れている。その甘い香りに包まれながら、遥は庭園の中央で足を止めた。「……こんな場所があったのか」王城には何日も滞在しているはずなのに、この庭園を見たのは初めてだった。それなのに――なぜか、この景色をどこかで見たような気がする。「……デジャブ?」遥は静かに庭園を見回した。石畳の道、円形に配置された花壇、中央に置かれた装飾の施された噴水――この光景に、覚えがある。「……ああ、そうか」遥は、脳裏に蘇った記憶を反芻する。この庭園――ゲーム内で見た薔薇園だ。『☆聖女は痛みを引き受けます☆』には、いくつかの隠しクエストが存在する。そのひとつが、「薔薇の妖精の涙」 だった。この薔薇園には、魔王討伐に役立つアイテムが隠されている。妖精の涙と呼ばれるアイテムは、魔王との戦いで騎士たちの力を高める効果を持っていた。遥は自然と足を進め、庭の奥へと歩みを進める。「……」その静寂を破るように、足音が近づいてきた。振り向くと、そこにはコナリーが立っていた。◇◇◇「ここにいらしたのですね」コナリーの低い声が、

    Last Updated : 2025-02-09
  • 男聖女は痛みを受け付けたくない   第七話 繋がる痛み

    ◆◆◆◆◆遥は、薔薇の庭園の奥に足を踏み入れた。風に揺れる花々の間を抜け、左端にそびえる妖精の彫刻の前で立ち止まる。優美な翼を広げた石造りの妖精は、静かに天を仰いでいた。「……ここか」遥は、ゲームの記憶をたどる。『☆聖女は痛みを引き受けます☆』では、この彫刻を破壊すると『薔薇の妖精の涙』が手に入る。雫型の宝石で、魔王討伐に役立つ貴重なアイテムだ。だが――「……いや、待てよ」遥は、そこでようやく気が付いた。――どうやって壊すんだ?ゲームなら、ボタンひとつで簡単に破壊できた。だが、これは現実だ。遥は彫刻を見上げながら、頭を抱えた。手で叩いたところでビクともしないし、何か道具が必要かもしれない。「……まずいな。どうしよう」考え込んでいると、背後から足音が近づく。「何をしているのですか?」低い声が、静かな庭園に響いた。振り向くと、コナリーが佇んでいた。「……この彫刻を破壊すると、魔王討伐に役立つアイテムが――」遥が言いかけた瞬間だった。ドンッ!!「――は?」遥の目の前で、コナリーが拳を振り抜き、彫刻を殴りつけた。

    Last Updated : 2025-02-10
  • 男聖女は痛みを受け付けたくない   第八話 繋がる気配

    ◆◆◆◆◆魔王討伐に出る朝。王城の空は澄み渡り、凛とした空気が漂っていた。遥は、昨夜手に入れた薔薇の妖精の涙を細工し、首飾りを作っていた。「……よし、できた」雫型の宝石は、光を受けて静かに輝いている。その輝きが、遥の不安な心を少しだけ和らげた。やがて、出発の準備を整えたコナリーが現れる。鎧をまとい、いつものように冷静な表情で剣を携えていた。「コナリー」遥は静かに呼びかけ、宝石の首飾りを掲げた。「これは?」コナリーが少し首を傾げる。「お前のために作った。魔王の魔法攻撃から身を守る効果がある。大切にしろ」遥は、宝石の輝きを見つめながら言った。「それと、この宝石が壊れるような戦い方はするな。無茶はするなよ」「……」コナリーは、わずかに困ったような表情を浮かべた。「私の戦い方を考えると、あまり自信はありませんが……」「なら、意識してくれ。お前が無茶をすれば、俺もその痛みを受けるんだ。繋がってることを忘れるな」遥は、コナリーの首にそっと首飾りをかけた。その瞬間、コナリーの手が伸びてくる。「……?」

    Last Updated : 2025-02-11
  • 男聖女は痛みを受け付けたくない   第九話 狂戦士

    ◆◆◆◆◆遥が集めたアイテム、そして事前に伝えたゲームクリアのアドバイス――それらが功を奏し、魔王討伐の一行は驚くほど順調に魔王城へとたどり着いた。本来ならば、ここから死闘が繰り広げられるはずだった。だが――「魔王の弱点は、左の小指だ」遥の言葉通り、そこを狙ったコナリーの一撃が、魔王の運命を決定づけた。「な……なぜ……この秘密を……!!」魔王は驚愕に目を見開き、絶叫する。彼の左手から、小指が転がり落ちる。次の瞬間――魔王の全身が、ゆっくりと石化し始めた。「まさか、こんなあっさりと……」討伐隊の面々が息をのむ中、コナリーは静かに剣を収めた。彼の一閃によって、戦いはあまりにもあっけなく幕を閉じたのだ。――だが、それがすべての終わりではなかった。「魔王の左小指を落としたのは、私だ!」沈黙を破ったのは、王子だった。彼は堂々と剣を掲げ、自分が魔王を討ったと宣言する。「……」コナリーは表情を変えず、ただ王子を見つめた。だが、その沈黙が、王子の苛立ちをさらに掻き立てた。コナリーは、どの戦いにおいても誰よりも活躍していた。その実力は明らかだった。

    Last Updated : 2025-02-12
  • 男聖女は痛みを受け付けたくない   第十話 届いた声

    ◆◆◆◆◆魔王が討伐された――その報せが王城に届いた。国中が歓喜に沸き立ち、祝祭の鐘が鳴り響く。王城の廊下では召使いたちが忙しなく駆け回り、兵士たちが誇らしげに戦勝を讃え合っていた。人々は皆、魔王の滅びを祝い、安堵していた。だが――その喧騒とは裏腹に、遥の部屋の中では静かな苦しみが続いていた。◇◇◇遥は、暗い部屋の中でひとり震えていた。戦いは終わったはずなのに、なぜまだ痛みが続くのか。「……くそ……どうして……」体中に広がる鋭い痛みが、遥を襲う。剣で斬られたような痛み、拳が砕けるような衝撃――それらが絶え間なく続き、遥はベッドの上で息を乱していた。「戦いは……終わったんだろ……?」苦しげな声が漏れる。それなのに、コナリーの傷は増えていく。彼は、まだ戦っている。遥は知らず、言葉に出していた。「……どうして……戦い続けるんだ……?」震える声で、遥は遠く離れたコナリーに問いかけた。「もう、いいだろ……戻ってこいよ……」魔王は討伐された。使命は果たされたはずだ。「……傷つくなよ……」何度も、何度も――

    Last Updated : 2025-02-13
  • 男聖女は痛みを受け付けたくない   第十一話 王子の栄光

    ◆◆◆◆◆魔王討伐の一行が、ついに王城へ帰還した。街は歓喜に包まれ、人々は勇者たちを称える歓声を上げた。王城の大広間では、すでに祝勝の宴が始まっていた。大広間の中央――王子は誇らしげに立ち、魔王の小指を王へ捧げた。「陛下、これこそが、私が魔王を討伐した証です!」硬化を免れた魔王の小指。それを王の前に掲げた王子の姿は、どこまでも堂々としていた。「おお……!」王は感嘆の声を漏らし、貴族たちは口々に賞賛の言葉を述べた。「王子様こそ、この国の希望だ!」「素晴らしい……!」王子の名声は、一夜にして確固たるものとなった。そんな中、彼を支えた聖女として、ひとりの少女が王子の横に並び立つ。「魔王討伐において、私を支えてくれたのはこの聖女だ!」少女は頬を赤らめ、恥ずかしそうに微笑んだ。彼女の名が呼ばれるたび、人々の喝采は大きくなる。その光景を目の当たりにしながら、遥はある異変に気がついた。――コナリーがいない。どれだけ目を凝らしても、討伐隊の中に彼の姿はなかった。遥は、人々の間をかき分けるようにして王子のもとへ向かった。「王子……」

    Last Updated : 2025-02-14
  • 男聖女は痛みを受け付けたくない   第十二話 騎士ではなくとも

    ◆◆◆◆◆王城の門が見えたとき、コナリーはわずかに足を止めた。夜明けの空が白み始め、冷たい風が肌を撫でる。静かに門をくぐると、城内のざわめきが耳に入った。「……」彼は、ふらつきながらも前へ進んだ。剣を握っていた手は、すでに感覚がなかった。何度も魔王の亡骸を砕き続けた結果、骨は砕け、指は元の形を失っていた。――もう、剣を握れない。その現実を前に、コナリーは初めて戸惑った。これまでの人生、ただ戦い続けることしか知らなかった。王国一の騎士の息子として生まれ、強くあることだけを求められてきた。もし、それができなくなったら、自分は何者になるのだろう。「……どうすればいい」その答えを見つけられぬまま、コナリーは静かに俯いた。――だが、そのとき。「……コナリー!!」遠くから、自分を呼ぶ声が聞こえる。コナリーが顔を上げた瞬間、遥が駆けてくるのが見えた。「コナリー……!!」彼は目を見開いた。遥の頬には涙が伝っていた。そのまま彼の前に飛び込み、強く抱きつく。「……!」コナリーの体が、僅かに揺れる。「もう大丈夫だから……」遥は震え

    Last Updated : 2025-02-15

Latest chapter

  • 男聖女は痛みを受け付けたくない   第五十七話 祈りの果てに

    ◆◆◆◆◆再び、記憶が動き出す。白の空間に色が流れ込み、空が、風が、大地が姿を変えていく。視界の中に現れたのは、かつて見た王都とは違う――静かで穏やかな街並みだった。人々の顔には笑みがあり、農地は実り、街には歌声が流れていた。「……これが、竜を倒した後の王国」遥の隣でアーシェがそっと頷く。「しばらくの間、すべてが平和だった。王国は潤い、民は笑い、王と聖女は並んで国を支えた……。直人の知識と、レオニスの誠実さが実を結んだ、輝きの時代だったよ」◇◇◇だが、ある日。空を吹き抜ける風が、突如として刃と化した。街を歩く人々を切り裂き、大地は亀裂を生み、幾人もの命を呑み込んでいった。「これは……何だ……?」レオニスは胸を押さえながら呻いた。魔力が制御できない。力が暴走している。王都では突発的な魔力災害が相次ぎ、人々は怯えて家に閉じこもった。「王が……あの優しかった王が……」人々のささやきは恐れと失望に満ち、やがて王宮を遠巻きにするようになる。直人は、毎日のように王の元に駆けつけた。「俺がもっと、早く気づいていれば……」

  • 男聖女は痛みを受け付けたくない   第五十六話 約束の代償

    ◆◆◆◆◆白い光が静かに薄れていく。 空間の端から輪郭がほどけ、淡い光の粒子が舞い始める。 次の記憶が立ち上がる、その刹那――遥はふと、直人が口にした祈りの言葉を思い出した。――光の加護に導かれし絆よ。この誓いに、真の繋がりを宿せ。痛みを半分に。願いを二重に。運命を一つに。(この言葉……)小さく口の中で繰り返すように呟いた瞬間、遥の背を冷たい感覚が走った。(……俺が、コナリーと契約したときの……あの呪文だ)教会の神殿で、あの時、手を取り合い、心を交わした記憶が蘇る。目を見開いた遥は、驚きと共に確信した。同じ言葉、同じ祈り。直人とレオニスが交わしたあの契約の言葉は、自分とコナリーを結びつけた“聖女契約”そのものだった。(まさか……これが、その“始まり”……?)歴史の起点。 この記憶の中にあるすべてが、やがて未来の制度や儀式として形を変えて伝わっていったのだと。「……これが、“聖女契約”の始まりなんだな」遥が思わずそう口にしたとき、彼の隣にふと気配が現れる。そこには、アーシェがいた。ぼんやりと浮かぶ記憶の光を見上げながら、彼は小さく頷いた。「……そうかもしれないね」

  • 男聖女は痛みを受け付けたくない   第五十五話 王と共に、国を築く

    ◆◆◆◆◆直人が召喚されてから、数週間が過ぎた。初めはただ呆然と立ち尽くしていた彼も、今では異世界の空気にすっかり馴染み、まるで住人のようにこの世界を歩いている。「……やっぱ、面白いな、こういうの」王都を見下ろす丘の上。風を受けて立つ直人の隣では、レオニス王が静かに腕を組んでいた。眼下には、拡張された畑。新たに掘られた用水路。人々が笑いながら働く姿があった。「直人。君の提案を受けて、農地の整備と用水路の延長工事は順調に進んでいる。王都の食料供給は大幅に安定し、農民たちの不満も沈静化した」「でしょ? それに、次は孤児院と病院。住みやすい国ってのは、そういうところから整えるもんだよ」にやりと笑う直人に、レオニスも微かに口元を緩める。ゲーム知識と現代の知恵、それを基にした直人の提案は、王国にとってまさに目から鱗だった。王族や教会関係者、さらには地方貴族までもが、最初は半信半疑で彼を見ていたが、結果を出し続けるうちに、否応なく認めざるを得なくなっていた。もちろん、そのすべてが順風満帆というわけではない。「“異邦の者が口を出しすぎだ”なんて声も、耳に入ってるよ」直人は軽く肩をすくめる。「だが、民の中には君を“聖女様”と呼ぶ者も出てきている。信頼は、確実に広がっている」「いや、あの称号はマジで慣れないって……」ぶつぶつ言いながらも、直人の顔にはどこか誇

  • 男聖女は痛みを受け付けたくない   第五十四話 出会いと契約

    ◆◆◆◆◆異世界に召喚された青年は、柔らかな光の中で目を覚ました。足元に広がる幾何学模様の魔法陣。周囲を囲む異国の石造りの柱。高い天井には、見たことのない金属細工と文様が描かれていた。「……は? あれ、これって……」黒髪の青年は上体を起こし、天井を見上げたまま呆然とつぶやく。「この構図、テクスチャ素材、光源処理……完全に俺が設定したやつじゃん。え、うそだろ……?」彼の名は直人。ゲーム開発者――だった。「いや待て、ここ……俺のゲームの世界だよな……? あの未完成で納期ぶっちぎった『☆聖女は痛みを引き受けます☆』……マジで!?」直人は魔法陣の上から飛び退くように立ち上がり、視界をあちこち忙しなく動かす。召喚陣の周囲には、数名の僧衣をまとった教会関係者たちが固まっていた。 彼の漆黒の髪と瞳。その異質な姿に、一同は言葉を失っている。「黒髪に黒い瞳……まるで夜の呪いのようだ……」 「本当に、聖女なのか……?」ささやきが広がる中、その沈黙を破るように、一人の男が前へと進み出た。銀白の髪を風に揺らし、深紅の瞳をたたえた長身の男。 その威容はまさに“王”の風格を纏っていた。「下がっていろ。私が話す」堂々とした足取りで青年に近づいたその男は、静かに

  • 男聖女は痛みを受け付けたくない   第五十三話 始まりの記憶へ

    ◆◆◆◆◆白い光に包まれた遥の意識は、深い場所へと沈んでいく。ふと気づけば、そこには誰の気配もなく、音も色もない、静謐な白の空間が広がっていた。柔らかな空気に包まれながら、遥はぼんやりと立ち尽くす。「……ここは……どこだ?」思わずつぶやいた声は、不思議と反響もなく、空間に溶けていった。「記憶の中だよ。君と僕の、そして……もっと古い誰かの記憶」静かな声が後ろから届く。遥が振り返ると、そこに立っていたのはアーシェだった。白い空間のなかに銀の髪が揺れ、彼の赤い瞳だけがはっきりと色を帯びて見えた。「アーシェ……?」「うん、僕だよ。驚かせたならごめん」アーシェは柔らかく微笑み、静かに歩み寄ってくる。「この空間は、僕たちが繋がったときに広がる、記憶の断層のようなもの。君が“触れた”ことで、過去への道がひらかれた」「……過去って、誰の?」「僕の……そして、僕がかつて触れた“彼ら”の記憶」アーシェは、手のひらをゆっくりと空に向けて掲げた。すると、白い空間に金の粒子が舞い上がり、やがてふたつの人影が形を成していく。――それは、石像だった。王の石像は、背筋をまっすぐに伸ばし、鋭くも静かな眼差しで前を見つめている。威厳に満ちたその顔は、今にも動き出しそ

  • 男聖女は痛みを受け付けたくない   第五十二話 名を呼ぶ声

    ◆◆◆◆◆白い光に包まれた遥の身体は、重力を失ったようにふわりと浮かんでいた。耳鳴り。心臓の鼓動だけが、遠く、そして近くで響いている。どこまでも白く、静かで、何もない空間――そう思った瞬間、足元に確かな感触が戻ってきた。視界がゆっくりと色を取り戻し、遥は固い石の床に降り立っていた。(……ここは……?)ひび割れた柱。崩れかけた天井。冷たい空気と、どこか祈りのような静けさ。古い――それだけは、確かに感じられた。神殿のようでありながら、重く沈んだ哀しみが空間全体を覆っている。遥の視線が、ゆっくりと前方に向かう。その先に、ひとりの少年が膝をついていた。肩まで伸びる銀の髪。淡い光に照らされたその背は、今にも崩れそうなほど儚く見えた。腕の中には――灰色に変わり果てた、石と化した少年が、静かに抱かれていた。(……魔王、アーシェ……)遥は息を呑んだ。これまで指輪を通して感じていた気配。それが今、こうして目の前で呼吸をし、何かを見つめている。アーシェの顔は穏やかだった。けれどその表情には、耐えるような哀しみが滲んでいた。「……カイル……目を……覚まして……」

  • 男聖女は痛みを受け付けたくない   第五十一話 封印へと続く刻印

    ◆◆◆◆◆「……やっぱり鍵がかかってる」重厚な金属の扉の前で、遥が取っ手に手をかけて押してみた。微かな振動と共に、内部で何かががっちりと噛み合っている感触が伝わる。「見て。この装飾に仕掛けがある」ノエルが扉の中心にある幾何学模様を覗き込みながら、ぽつりと呟いた。「……思い出した。昔、一度だけ祖父に連れられてこの前まで来たことがある。中には入れてもらえなかったけど、祖父がこの扉を開けるのを、横で見てたんだ」懐かしむような声でそう言いながら、ノエルは小さく頷いた。「扉の仕掛けを解除するのに、少し時間をもらえる?」「危険はないのか?」すかさずルイスが問いかける。ノエルは微笑んだ。「大丈夫。祖父の動きを真似て何度も練習してたから」そう言うと、ノエルは工具袋を取り出し、しゃがみ込む。小さな金属ピンを差し込みながら、複雑な噛み合わせの中で音を拾っていく。「“記録できない歴史は、物に宿る”。祖父の口癖だった。ここには、そんなものが眠ってるんだと思う」ノエルの言葉を背に、遥は手にした革表紙の手帳を開いた。古代語と現代語が交互に記された記録。時折、簡素な図やスケッチが挿まれている。――“封印の地より搬出された石材、地下収蔵室にて保管中”――その記述に、遥の指先が止まる。「……あった。

  • 男聖女は痛みを受け付けたくない   第五十話 手帳に記された道

    ◆◆◆◆◆散らばった書物を元の場所に戻しながら、遥たちは静かに片付けを進めていた。書棚の破片や埃を払いながら、遥はふと、棚の裏側に落ちていた一冊の手帳に目を留める。「……これ……?」革の表紙はひどく乾き、ところどころひび割れていた。留め具は壊れていたが、内部の紙は意外にも整っていた。遥が拾い上げると、傍にいたノエルが顔を上げた。「その手帳……見覚えがある……!」ノエルは急いで歩み寄り、手帳をそっと受け取った。「たしか……昔、亡くなった祖父に見せてもらったことがある。いたずらしようとして取り上げられて、それっきりだったけど……間違いない、これだよ」ページを開くと、中には現代語と古代語が入り混じった文字が並んでいた。筆跡は年代によって異なり、記録者が代々引き継いで書き残していたことがうかがえる。「これは……地図?」ノエルがページをめくると、中央の見開きにざらついた線画で描かれた地図が現れた。そこには、現在の地図と一致する部分も多かったが、詳細に描かれているのは王国の外縁――魔王領と呼ばれる地域だった。「ここ……✗印がついてる」遥が指を差した先には、森と山に囲まれた地点に赤黒いインクで大きなバツ印が描かれていた。その横には古代語で何かが書かれている。「“封印”……それと、&l

  • 男聖女は痛みを受け付けたくない   第四十九話 崩れる記録と、少年の腕

    ◆◆◆◆◆書物庫の扉が閉まると、重たい静寂が辺りを包み込んだ。天井まで届く書棚。革表紙の本、巻物、黄ばんだ羊皮紙。時の層のように積み上げられた記録の山が、誰の手にも触れられず、深い眠りについている。「このあたりは教会関係の記録が多かったと思う。封印とか、祭壇とか……君が言ってた単語に近いものがあるなら、この辺りかも」ノエルがランプを掲げ、慎重に棚の奥を覗き込んだ。「ありがとう。助かる」遥が蝋燭を手に、本の背表紙を指先でなぞる。どれも古びており、ひとつ動かすだけで崩れてしまいそうなほど脆い。ルイスは年代ごとに整えられた棚を端から順に確認しており、コナリーは床に広げた巻物を無言で見つめていた。それぞれが集中していた、その時――「……あれ、ちょっと待って、これ……」ノエルがふいに声を上げた。天井近くの棚に手を伸ばし、奥の書物を引き出そうとしたその瞬間。ギシッ軋む音とともに、積み上げられた棚の一角が不自然に傾いた。「遥、下がって!」「っ……!」ルイスとコナリーの叫びが重なるのと、ほぼ同時だった。崩れ落ちてくる束ねられた書物と木片。そのすべてが、遥の頭上へ降り注ごうとしていた――「危ない!」最も近くにいたノエルが、瞬時に遥の肩を強く引き寄せ

Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status